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ポストモダンに需要はあるのか

フーコーもデリダも、依拠する武器が歴史か言語かという違いだけで、
権力を発見、攻撃する基本的な戦略は同じである。
すなわち、現在において一般的によいものとされている制度や価値観の
「起源や根拠」を追求し、その「起源や根拠」自体はよいものではなかったのだ、
だからよいものではないものを起源とする現在よいものとされている制度や価値観は
正当化できず、実はよいものではないのだ、という論法である。
そしてデリダが攻撃するのは法であり、フーコーは福祉政策である。
経済学者の稲葉振一郎氏が言うに、「権力論のフーコーは、かつてのマルクスの
占めていた位置、左翼というか批判的知識人の最大のよりどころになって」いる。

フーコーの主張は「国の行う福祉政策というのは、気づかれぬうちに
国民の価値観を統制管理する『やさしい権力』だから抵抗せよ」というものだ。
「私が切望するのは自明性や普遍性を破壊するものとしての知識人です。」
とフーコーが自白しているように、彼らは世間的な価値観の破壊行為を目的としている。
では果たしてこのような言説に需要はあるのか?
野村総研が2003年に行った1万人アンケートを見てみよう。
「現在の不安や悩み(2003)」
1.自分の健康 52.0%
2.親の健康 34.9%
3.税金、社会保険料の増加 30.3%
4.社会保障制度の破たん 28.7%
5.治安の悪化、犯罪の増加 27.7%
6.地震、津波などの自然災害 22.7%
7.子どもの教育、進学、就職 20.8%
8.雇用、失業 20.5%
9.温暖化などの地球環境汚染 20.5%
10.収入や資産価値の低下 19.1%
11.ダイオキシンなどの地球環境汚染 15.7%
12.医療ミス 15.5%
13.テロ、戦争 15.5%
14.ストレス、精神性疾患 13.8%
15.介護保険制度の破たん 11.4%
16.職場における人間関係 11.1%
17.プライバシーの侵害 9.5%
18.伝染病(SARS、AIDS等) 8.8%
19.遺伝子組み換え 8.1%
20.親子関係 7.5%
21.夫婦関係 7.2%
22.大手金融機関の破たん 6.6%
ttp://www.nri.co.jp/news/2003/031215/031215.pdf
一見して分かるように、国民は「やさしい権力への抵抗」など求めていない。
むしろ「もっとやさしくしろ!ちゃんと管理しろ!」と言っているのだ。
かろうじて、17.プライバシーの侵害 9.5%が、政府による国民管理への不安を含むだろうか。
このような「行き過ぎた」権力批判に殆ど需要は無いのである。
おまけにフーコーの「歴史」というのはファンタジーであり、歴史学者から
ヴォッコヴォコにされているらしい。
「さてここまでくると、フーコーの言う「規律社会」と福祉国家の
収監政策や実践との間に多少の関係はあるにしても、フーコーの議論が
総崩れであることはわかる。」
山形浩生氏のページ

ではなぜ彼らは一般的に需要のない事をするのか?
要するに、彼らは何かを作ること、維持することより壊すことの方が楽しいのだろう。
「王様は裸だ」と表出するのが楽しい。他人の作った砂場を蹴って壊す子どもと一緒である。
確かに、あらゆる価値観や制度の正しさに、温度計の目盛りを測って「20℃や30℃」と
言えるような測定法などはない。
極論すると「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いにどんな頭のよい学者でも
答えられないのと同種の議論である。
ではこの「終わりなき解体作業」には歴史的、哲学的にどんな意味があるのか?
社会的な需要の無さは示したので、今度は彼らの哲学の「正義」を逆に脱構築にかけ完全に
グレイブ(墓場)行きにしよう。

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