最小条件集団実験

最近の保守派からよく耳にする言説に「ナショナリズムと排外主義は違う」
というものがある。あるいはナショナリズムとパトリオティズムは違うのだと
いう新たな弁別概念の導入は、大ヒットした藤原正彦氏の「国家の品格」でいちやく
市民権を得たようだ。
では本当に、「二つのナショナリズム」は実在するのか。これに示唆を与えるのが
1971年に心理学者のH.タジフェルらが行った一連の実験である。
自分が属していると思う集団を「内集団」、属していないと思う集団を「外集団」
と呼ぶが、タジフェルはこの区別の根拠が『客観的に』希薄な場合でも、
いったん内集団と外集団に分けられると、人間は内集団をひいきし外集団を
差別することを例証した。
タジフェルはまず8人の生徒を集め、たくさんの点が描いてあるスライドを瞬間的に
見せて、点の数を数えさせるという認知実験を行った。
そして点の数を実際より多めに見積もった人と、点の数を実際より少なめに
見積もった人とに集団をわけると告げた。
そして点の数で自分と似た推測をした(と思い込まされている)内集団のメンバーと、
点の数で自分と違う推測をした(と思い込まされている)外集団のメンバーに対して
お金で賞罰を与えるようにと指示した。そしてその額はシートで選択肢が与えられ、
このシートは野球のスコアボードのようになっており、いわば内集団が「表」で
外集団が「裏」というこのようなスタイルである↓

内集団メンバーXに与える点数12345678
外集団メンバーYに与える点数87654321
実はこれはダミー実験であり、実際は点の数の見積もりなど全く関係なく ランダムに集団を分けられたのであるが、その結果、生徒たちはスコアシートの右側を 選ぶ傾向があった。誰が自分の内集団のメンバーなのか全く分からないのに、 内集団という認識があるだけで内集団をひいきしたのである。 また、別のスコアシート(B)では、
内集団メンバーXに与える点数7891011121314
外集団メンバーYに与える点数13579111315
というように内集団メンバーの利益が増えるほど外集団メンバーの利益が増えるような 設定だったが、少々驚くことに生徒たちは左側を選ぶ傾向があった。 生徒たちは、内集団のメンバーの利益を減らしてでも外集団のメンバーの利益を 減らそうとしたのである。 この事から即「ナショナリズムは排外主義にしかならない」と法則化するのは早計だが、 人間の本質としてそのような傾向があるということは、ナショナリズムの議論において 必ず踏まえておかなければそれは確実に空虚な議論となる。 参考文献: 社会心理学キーワード (山岸俊男/有斐閣) 国家の品格 (藤原正彦/新潮社)

[←前] [TOPに戻る] [次→]